驚!! 第二次世界大戦中ヒトラーとチャーチルから勲章授与したノルマンディー上陸成功立役者の2重スパイがいたっ!!

ヒトラーとチャーチルから勲章をもらった二重スパイプジョル

2019年9月5日、NHK BS「BS世界のドキュメンタリー」で”史上最大の謀略作戦 ~ノルマンディー上陸作戦の内幕~”の再放送をやっていました。

史上最大の謀略作戦~ノルマンディー上陸作戦

出典:NHK

第二次世界大戦で連合軍が決行した偽装工作・フォーティテュード作戦で、上陸目標のノルマンディーからナチスの目を遠ざけることに成功した情報操作の全貌についての放送です。

ゴムや木でできた張りぼての戦車などで、大部隊をイギリス南部に展開させた連合軍。二重スパイ・ガルボも暗躍させ、ナチスの偵察網を見事に欺いたのです。

その大掛かりで複雑な欺瞞作戦があっての成功だったことを初めて知り、驚きでした。

紹介します。
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フォーティテュード(不屈の精神)作戦成功の裏で

大掛かりな偽装工作のフォーティテュード作戦

2段構えの大掛かりなものでした。フォーティテュード・ノースとフォーティテュード・サウス。

フォーティテュード・ノース

出典:NHK

フォーティテュード・ノースはスカンジナビア侵攻をほのめかし、に駐留するドイツ軍をくぎ付けにして、西部戦線に加わるのを防ぎます。

フォーティテュード・サウス

出典:NHK

一方、フォーティテュード・サウスは連合軍がいつどこに上陸するのかを悟られないよう情報を操作し、敵をかく乱します。イギリス南東部に連合軍の部隊が集結しているという情報を流せば、ヒトラーは連合軍がパ・ド・カレーを目指していると考えるはずです。

偽の部隊なので、本物の部隊を動員する訳にはいかず、アメリカ軍第1軍集団(FUSAG)という架空の部隊を作りあげ、ヒトラーの注意を引くような実在の人物を司令官に据えることで偽の部隊に信ぴょう性を持たせたのです。

パットン将軍を司令官、ドーバーに司令部を据える

その司令官は、連合軍総司令官アイゼンハウアー自らが指名したのはチュニジアで劣勢だったアメリカ陸軍を立て直したことがあるジョージ・パットン将軍でした。

パットン将軍

出典:NHK

ドイツ軍はあのパットンが指揮するからには、連合軍の精鋭が集結しているに違いないと考えたでしょう。
パットンは司令部をドーバー城の地下に据えることで、連合軍の目標はパ・ド・カレーを目指していように見せかけようとしました。実際はポーツマスでした。

ドーバーでは細かいところまで偽装工作が施されました。

ゴム製の戦車、航空機などを作る

第一段階は架空の軍隊の装備を整えることでした。航空機や船舶など木製のダミーを作り、何百もの数の艀(はしけ)や上陸用舟艇や航空機が偽物の滑走路に据えられましたが、戦時中は材木は貴重だったため莫大な金額になったことと重く、動かすことに一苦労で、移動する部隊には不向きだったのです。

そこで、低コスト、軽量で敵を威圧させる材料としてゴムを使用し、総数255台のゴム製の戦車が作られ、設置されました。ダミーの航空機も。

ゴム製の戦車

出典:NHK

偽物の燃料貯蔵庫も設置しました。ダミーのパイプライン、タンカー、石油ポンプなどを作って。本物に見せるために本物のイギリス国王ジョージ6世がわざわざ現地を視察されたほど、用意周到でした。

架空の部隊を盛り上げるためにあらゆる産業が協力しました。実際イギリス南東部数千人の兵士しかいませんでしたが、100万人規模に見せかけるために。

また、ドーバーの司令部では無線通信はかなり頻繁に、ひっきりなしに行ってました。やはり、そこに本当の司令部があるようにみせかけるためにです。

1944年当時、ドイツ軍の偵察飛行はことごとく撃ち落され、ほぼ不可能でしたが。しかし、4月から5月にかけて数回成功してます。実は、連合軍が敢えてイギリス南東部をさせたのです。

 

連合軍のウソはドイツ軍に正確に伝わってました。

しかし、数回の偵察飛行だけで、ここまできちんと伝わるのは難しく、実は二重スパイによるものが大きかったのです。

コードネーム”アラリック”と”ガルボ”

フアン・プジョル

出典:NHKプジョルはスペイン内戦でファシズムの脅威を目の当たりにし、ヨーロッパの文明がヒトラーに壊されると思っていたので、連合軍のスパイになろうとします。

しかし、イギリスはプジョルを門前払いしました。

そこで、プジョルはイギリスの関心を引くために、敵であるドイツのスパイとして働くことに。ドイツ側の信頼を得ることが出来れば、イギリスも自分に興味を持つに違いないという考えで。

1941年、プジョルはイギリスへの入国許可証を持っているとウソをつき、マドリードでドイツのスパイカール・エーリヒ・キューレンタールにスカウトされます。

1941年の夏、プジョルはロンドンに渡ったように装いながら、ポルトガルのリスボンで活動をはじまめした。

ドイツ側ではコードネーム、アラリックと言われたプジョルは、そもそもドイツに有利な情報を渡すつもりはなかったので、様々な話をでっちあげ、描写してみせました。

ドイツ側ではコードネームはアラリック

出典:NHK

プジョルは数ヶ月をかけ、イギリス本土に架空のスパイ網を張り巡らせました。

 

イギリスのMI5では、アラリックが送った暗号文の内容を全て解読していましたので、疑問が生じてました。アラリックは何者で、どうやってイギリス全土にスパイ網を張り巡らせることができたのか?

ある時、リバプールから輸送船団が地中海のマルタ島を目指して出発したというプジョルから情報に、ドイツは信じて迎え撃つための海軍と空軍を動員したことがありました。

全くのウソ情報でしたが、ベルリンにこれほどの影響力を持つスパイ網がMI5の目を逃れて展開していることもあり、注視していくと、その網を取り仕切るアラリックは以前門前払いしたプジョルと重なってきました。

1942年4月、MI5の諜報員がプジョルに接触しました。プジョルはドイツの諜報員アラリックとして1年以上ニセの情報を流し、活動していたと証言、イギリス側に認めてもらうためにそうしたということ告白しました。

プジョルはドイツ側でイギリス本土にいることになっているスパイは、頭の中にだけいる架空の人物ということも明かしました。

プジョルは2重スパイとしてイギリスに採用され、演技力からの連想でコードネームはガルボと決まりました。
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ドイツ諜報機関は反ナチ党だった!?

プジョルはドイツ国防軍の諜報機関アプヴェーアのマドリード支部に情報を送ると、支部長のキューレンタールはそのままベルリンに転送してました。

イギリスは1941年以降ドイツの暗号”エニグマ”の解読に成功していましたので、ドイツ軍司令部の通信内容を把握することができており、フォーティテュード作戦が思惑通りに進んでいるかどうか、成功の見込みがあるかどうかを知ることができ、重要な手がかりとなってました。

ヒトラーはイギリスが兵力を南部に集中させてると確信するようになりました。

プジョルは1942年4月から44年8月末までほぼ毎日大量の情報をドイツ側に送ってますが、マドリード支部長のキューレンタールは全く疑わなかったのでしょうか?

キューレンタールはユダヤ系でヒトラー政権を握ると同時にベルリンを離れ、マドリードに。

また、ドイツ国防軍の諜報機関アプヴェーアは完全にヒトラーに従ってはいなかったのです。

北アフリカや南イタリアへの連合軍上陸も予測できなかったアプヴェーアにヒトラーは不信感を募らせ、1944年2月アプヴェーア長官ヴィルヘルム・カナリスを故意に情報を改ざんしたという理由で更迭しました。

ヴィルヘルム・カナリス

出典:NHK

カナリス海軍大将はヒトラーをか強く批判していた人物の一人で、第二次世界大戦中はレジスタンスに肩入れしており、また、反ナチスの諜報員もいましたが、黙認していました。

ドイツは一枚岩ではなかったことが、ノルマンディー上陸の作戦成功につながったのかもしれない。
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ノルマンディー上陸

上陸作戦を間近に控えた5月、なぜかヒトラーはノルマンディーを強く警戒しました。
が、連合軍の攻撃に備え、ほとんどの兵力をパ・ド・カレーに集結させていたため、エルヴィン・ロンメルは不可能ということで収まってました。

上陸作戦決行の前夜に、イギリスはノルマンディーに上陸するという本当の情報をプジョルからアプヴェーアのマドリードに送らせました。

そして、6月6日、連合軍がノルマンディーに上陸します。

パ・ド・カレーを守るために集結しているドイツ軍走行師団がノルマンディーに向かうことを阻止するために、ノルマンディー上陸は揺動作戦にすぎず、本当の目的はパ・ド・カレーであることをヒトラーに思い込ませることが必要でした。

桟橋を組み立て、陣地を守るための物資を全ておろすため、時間稼ぎが必要だったんです。

そこで、プジョルはドイツアプヴェーアにイギリス南部で部隊の動きが非常に活発化してきており、第二の上陸作戦の目標はパ・ド・カレーであると情報を送りました。

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最後に

このノルマンディー上陸の成功で足掛かりができ大規模な追跡が可能に。

戦争の流れを大きく変え、1945年5月のドイツ降伏につながるのです。

プジョルは1944年7月に功績を称えられヒトラーから鉄十字賞を授与、4ヶ月後、イギリスから大英帝国勲賞を授与しました。

敵対する二つの国から勲章を授与されたことになります。

しかし、プジョルのウソの描写の細やかさと真逆な大胆な生き方が凄すぎて、本当に驚きました。

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ABOUTこの記事をかいた人

CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK