橋田壽賀子がドラマ「おしん」に込めた思いを今の生きている者は学ぶべき。おしんと昭和天皇誕生年と同じにした思いの深さがあることも。

時代に逆行していたおしんの企画

2020年3月21日(土)、NHK BSでやっていた「おしん」の再放送が終わりました。

「おしん」が実際に放送されたのは1983年4月4日~1984年3月31日。

バブル時代の1年前の放送にもかかわらず、貧しさや苦労を徹底的に描いた「おしん」は平均視聴率52.6%、最高視聴率62.9%という驚異の視聴率で、37年経った今でもドラマ史上最高視聴率ドラマなのです。

いかだで奉公にだされるおしん

出典:NHK

数字もそうだが、内容がとてつもないのです。放送されたころに「おしん」から、きちんと学ぶべきことができていたら、人生が変わっていたと思うぐらいのドラマでした。

実は、脚本家の橋田壽賀子先生が「おしん」というドラマにその頃の日本人への痛切なメッセージを込めていたことを、2019年8月13日に放送された「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」の”朝ドラ“おしん”誕生~人生をかけた、女たち~”で知り、その上で再放送を見たことがこういった気持ちにさせたのに大きかったと思います。

「アナザーストーリーズ」の放送であった橋田壽賀子先生の伝えたかったことを紹介します。
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時代にあらがった脚本家、橋田先生が伝えたかった大きく2つ

豊かさに慣れた人間は不幸

かつて若い頃には米一俵で何度も奉公に出され、その後女郎に売られた。やがてそこから逃げ出しミシンを習って自立したという壮絶な人生が書かれた明治生まれの女性から一通の手紙に橋田先生は深い衝撃を受けました。

そして、そこにつながるもう一つの話を思い出しました。戦後まもなく訪れた山形である女性から聞いたお話を。昔はここから奉公に行くのにいかだに乗って酒田へ行ったということを。

橋田先生は、豊かさの陰で何か大切なことを失っているのではないかと、明治生まれの女性が背負ってきた苦労を社会にぶつけようと心に決めて、時代に逆行した徹底的にに貧しさや苦労を描く「おしん」の企画をすすめました。

戦後の目まぐるしく変わる時代への橋田先生なりの問いかけがあります。

貧しさってのは書いておかなきゃいけない

出典:NHK

「昔あんなに一生懸命生きてた人がいるのに、その次の世代は苦労しないでただ伸びることを考えているから危ないと思ったんですね」「日本が一番お金持ちみたいな気分、どんどんどんどん伸びる、世界で一番伸びているみたいな」と。

このことをズバリ、結婚しても不思議でなかった渡瀬恒彦さん演じた浩太がおしんに話したシーンがあります。第287話。

おしん「子どもは親の姿を見て育つと言いますが、わたしが商売を大きくすることばっかりを考えて生きてきたものですから、仁が事業のために、義理人情を踏みにじるようなことをしても、わたしは責めるわけにはいきません」「今頃気が付いても遅いんですけど、あの子をあんな人間にしてしまったことは、やっぱりわたしの責任だと思います」

浩太「誰の責任でもない」「戦争です」「あの戦争で日本は丸裸になってしまった。身も心も」「あのみじめさは日本の人間をみんな変えてしまったんです」「あの地獄から這い上がろうと、誰もかれも必死になって働いた」「どん底を体験したからこそ、豊かさへの願望が大きかったんですよ」

「おしんさんだけじゃない」「みんな豊かさにあこがれて、馬車馬のように働き続けた」「そのことを誰も責めるなんてできやしません」

「今はモノも溢れ、昔の貧しさを知っている人もいなくなってしまった」「遮二無二走っている間に忘れてしまったこともずいぶん多い」「しかし、そうしなくては日本は立ち直れなかったんだ」「みんな時代の荒波に押し流されて必死になって生きてきたんです」

おしん「そうですね~、あの頃ぼんやりしてたら飢え死にしてしまいますものね」「でも、今思うとお金欲しさの一念で、それがいつの間にか次から次へへと欲が出て」

浩太「それで、まぁ、日本の高度成長もあったわけだから」

おしん「でも~、うちの孫なんか貧乏も知らなくて、今の豊かさを当たり前だと思っているのですから」「なんだか怖いようで」

中略

浩太「人間どん底になって人生を考える時がないと、本当の幸せなんかわかりゃしないだ」豊かさに慣れてしまった人間なんて不幸なんですよ」

 

明治生まれの女性から手紙を受け取ってから3年後、「おしん」のテレビドラマ化をやっと勝ち取ることができました。

おしんの名前に込められたしんの漢字

出典:NHK

橋田先生、主人公おしんの名前には様々な思いを込めて、最初から決めていたそうです。

“しん”は辛抱、神様、心、身体、真などいろいろな感じがあるので「おしん」と。
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日本人は戦争に突き進んだことの反省をしたのだろうか?

日本が戦争へと突き進んでしまった反省、と橋田先生の自責の念。

おしん、中年期

出典:NHK

おしんのセリフ「母親なのに自分の息子も守ってやれなかった」「母さん一人でも、何の力もなくても反対しなくてはならなかったんだ」「自分の息子が戦争に駆り出されると思ってなかったんだよ」

橋田先生「戦争責任はどこまであるかっていう」「あたしだって戦争責任あるんですよ、本当に」「軍国少女でしたから」

日本がいい戦争をしていると思い込み、何の疑いもなく、お国のために働いていたのです。

終戦後、戦争を後押ししていた大人たちが、何事もなかったように態度を豹変させたことが橋田先生は腹立だしい気持ちで残っていたのです。

橋田先生「その人たち、また新しい時代がくるみたいな顔していましたもんね」「戦争に協力しない平和な生活をしていても責任を感じる」「それが日本人だろうとわたしは思ったんですね」「だから、戦争責任を感じていない人は腹が立ちましたね」

終戦を周りの大人が淡々と受け入れている

出典:NHK

橋田先生にはどうして見て欲しかった人がいたのです。

おしんが生まれたのは明治34年という設定。それは昭和天皇が生まれた年。

橋田先生「(昭和)天皇陛下がご覧になるかどうか分からないけど、天皇陛下の時代にこういう苦労をして生きてきた女がいるんだよってことを分かって欲しかったんです」

「天皇陛下と同じ世代の女性が一番苦労したんだなと、それはいっぺん書いておきたかったんです」
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最後に

橋田壽賀子先生がおっしゃってたことは社会学者大澤真幸京大元教授が「100分deナショナリズム」でおっしゃていたことと全く重なると思います。

「日本人の大半はアメリカ人に開放してもらったという感覚なんだと思います」「解放してもらったということはどういうことかと言うと、わたしたちは犠牲者なんです」「アメリカは自分たちの味方でわたしたちを悪い奴から解放してくれたということで、死者を全て裏切ることになっている」

「戦争が終わった時に、日本人はナショナリズムと最初から関係ないような顔をしているが、ファシズム的なナショナリズムを残すか二つの道しか残さなかったんだけど、誤ったナショナリズムから出発して、それを乗り越えるというプロセスを70年間してこなかった」「初めっから自分は善人でした、アメリカに助けてもらった、開放してもらったというのはおかしいです」

「わたしたちは過去の日本人とどんなつながりがあるの?」「過去を切る人は未来も考えられなくなるんですよね」「ぼくらが未来の日本人にできるとすれば、過去の日本人と自分がどういう関係になっていたかというつながりをつけられないといけないと思います」

そう、「おしん」は橋田先生の社会学的な深い考えがあったからこそ、日本だけでなく世界73ヶ国放送され、希望を与え続けているのです。

そして、「おしん」を見たわたしも、過去の日本人ともっと深い意味でのつながり考えなければならないという気持ちになりました。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK