コロナウイルスで不景気感が加速する不安が!不公平感や生きづらさ蔓延の社会に、さらに不幸感が溢れ、暴力的・排他的にならないか懸念。

ナショナリズム

2020年3月11日(水)WHO(世界保健機関)が新型コロナウィルスはパンデミックと発表。

自宅待機になり テレワーク対応で数日過ごすことで、通勤時間がないので、2020年1月1日にNHK Eテレで放送されていた100分番組、「100分deナショナリズム」をやっと見ることができました。MCは最近NHK出演が増えている稲垣吾郎さんでした。

稲垣吾郎さん

出典:NHK

アメリカ大統領にトランプ氏が就任してから「ナショナリズム」問う言葉がますます聞かれるようになってきていることもあり、この言葉をちょくちょく使うようになってきていたが、少し浅いの認識でした。今回の放送でナショナリズムという言葉のとてつもない深さを思い知りました。

この放送で、4人の社会学者(大澤真幸さん)、作家(島田正彦さん)、東京工業大学教授(中島岳士さん)、漫画家(ヤマザキマリさん)が”ナショナリズム”というものを語る中での名著を選んでくださいました。

全ての著書、話が非常に興味深かったのですが、コロナウイルスで世界経済に大きな影響が及んでいる今、一番身近に感じて、自分たちに照らし合わせやすかったのは、中島さんが紹介されていた橋川文三さんの「昭和維新試論」の話が一番印象に残りました。

この本で読み解かれている”不幸感”は便利になって過ごしやすくなっているはずの現在も至る所で同じことが起きていると思わせるようなことでしたので記事に。

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昭和初期は救済を求めナショナリズムに向かった、今は?

橋川文三さんの「昭和維新試論」では極端な国家主義が行き切ると国家を超えた普遍性を志向しはじめるが、その中には当時の若い人たちがもった悩み、苦悩、反論としった普遍的な近代の自我の問題があったということを、危ないテロリストとみられてる人の細かい内面の襞の部分を読み解いかれています。

政治学者橋川文三

出典:NHK

安田善次郎を殺害した朝日平吾という人物について

橋川文三の考える朝日平吾の内面

1921年9月28日、銀行業で巨大な富を築いていた大富豪安田善次郎を大磯の別荘で刺し殺し、自らもその場で自殺したのが朝日平吾です。

朝日平吾

出典:NHK

朝日はなぜ安田を殺害するのかの理由を記した文章を持っていました。

安田善次郎

出典:NHK

 

「奸富安田善次郎巨富をなすといえども、富豪の責任を果たさず、国家社会を無視し、貪欲比倫にして民衆の怨府たるや久し。よって、天誅を加え、世の戒めとなす」と。

戦後恐慌に襲われていた日本で、手堅く蓄財をしていた安田には世間の目は冷ややかで、当時の新聞や雑誌はこぞって朝日を英雄視したのです。

しかし、橋川は朝日の鬱屈した内面に注目します。

「本当の日本人は天皇の赤子である。等しく栄誉と幸福を持つべきだ」と朝日は不満の矛先を資本家や政治家の存在に向け、”君側の奸(天皇の側の悪者)”と呼んだ彼らをを殺すべきと訴えたのです。

橋川は朝日は支配者の資格において支配されるものたちの平等=平均化を求めるものの欲求に根ざしているというニュアンスが、大久保利通暗殺や大隈重信襲撃を典型とみるべき明治時代のテロリズムと差異があると考えました。

なぜゆえに本来平等に幸福を享有すべき人間(もしくは日本人)の間に、歴然たる差別があるのかというナイーブな思想があるのだろうかと。

中島さんが語る朝日平吾の不幸感の元

この事件は独占的な富を支配している人間を青年(朝日)がある正義感に基づいてやっつけたととらえられて、礼賛されました。

これ以降類似の事件が起こりはじめるのです。

1921年11月4日に原敬首相を中岡艮一が暗殺した事件。彼は朝日の事件に大きな影響を受けたと言っているということです。

その後も朝日の事件に影響を受けた事件が連続します。

中島さんは朝日の一番の問題は不幸感で、「なんで自分はこんなに不幸なんだろうか」と、鬱屈がある、不安がある、不満があるというような思いからある種大きなビジョンを見据えようとしてテロを行った。

その頃の超国家主義者がよく使う比喩で、太陽と大地があります。

太陽は天皇陛下で、民衆に対して天皇から光が燦燦と日光が浴びせられる。これが天皇陛下から民衆、国民に対して心で、大御心と言います。

太陽と大地

出典:NHK

超国家主義者はこれが国体と言います。

当時「一君万民」と言う言葉がありましたが、超越的な天皇の元、国民はみんな心でつながった一つの共同性を持ったものであり、最終的にはその心と天皇の心とが結び付く。

なのに、朝日は「天皇もいる、大御心もあるのに、俺はなぜこんなに不幸で、不満があるのか」「なんでだ?」と言う風に思ったときに、天皇と国民の間に入って日光を遮っている人たちがいると考えます。

君側の奸

出典:NHK

例えば財閥であったり、政治家であったり、この人たちがいるから自分たちのところに天皇陛下の思いが届いていない。

「それなら、雲である君側の奸を除去すればいい」「財閥や政治家を殺せばいい」という考えから二・二六事件にまで至っていくのが昭和維新の一つの構造になっていたのです。

ある種の右翼思想とみられるものが当時の悩める若者には救済の論理だったのです。

第一次世界大戦中の日本は軍需景気で好景気だったのですが、その後が不況がやってきます。

そこで格差社会というものが顕著になり、平等であるはずの中での自分の立場とそうでない裕福に暮らしている比較をしまうようになります。

Nationalizm

出典:NHK

そしてその中からナショナリズムが発生し、その思想を残して死んでいくこと、それはナショナリズムの行動の象徴なのです。

彼らは自分であろうとする欲求がものすごく強く、私というものに対する欲望が非常に強かったのです。

大正デモクラシーという中で朝日は運動をやっていって、行きつく先が天皇の元の国民の平等という観念だったのです。近代の民主制はナショナリズムと両輪で展開してきたのです。
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橋川が朝日平吾同様に孤独な魂をもっていると考えた渥美勝という人物

橋川文三の考える渥美勝の内面

渥美は当時、神田の万世橋駅前で、一人桃太郎の旗を持ち、「日本人は皆、桃太郎になるべきだ」と、熱く語った風変りの人物として知られていました。

渥美の演説風景

出典:NHK

橋川は(朝日同様)渥美にも孤独な魂をみてみています。

幼い頃に父を亡くした渥美は、苦しい生活の中、母の手一つで育てられました。京都法大へとエリートコースを進んでいましたが、人生の問題に悩み、法律より宗教や哲学に興味を持つようになります。

失恋問題に重ね、最愛の母の死が渥美に衝撃を与え、彼は母を自分中に葬ろうと、遺骨の喉ぼとけの骨を食べたと。渥美の母への思慕の熱烈さはほとんど信仰に近い姿をとっていたと橋川は感じています。

大学にも行かず、鬱々としているところに、近所の幼稚園から子供の歌声が聞こえてきました。その歌が「桃太郎」だったのです。

「桃太郎」のおとぎ話と日本神話が渥美の中でつながり、「日本人は皆、桃太郎になって、日本神話の精神をこの世界に実現するのだ」ということで、日々演説をするようになります。

橋川は、私たちは積極的にも消極的にもこうした恍惚感とむすびついた会心の経験を否定することはできない。昔から広く歌われている童話の類が、しばしば人々の心を浪漫的な郷愁に誘い、不安の解消をもたらすという効果の一例と見ても構わないはずである。

鬱屈した内面

出典:NHK

ただ、渥美の場合は、この童話をきっかけとして、一般医日本神話そのものを己の生命の根源として、自己同一化する形をとることとなったのです。

障害貧しく、衣食住にも事欠いた渥美ですが、一途な彼の思いは多くの国家主義者(頭山満、北一輝、大川周明など)に影響を与えたのです。

中島さんが語る渥美勝の不幸感の元

渥美勝を「桃太郎」の歌がとらえたのはイノセント、無垢というもので、「こんなに無垢で正義以外の奸を持っていない真心が世の中全体に行き渡れば、素晴らしい世の中になり、私だって解放されるという気持ちがあったと考えられます。

「私」という小さな自我の問題が世界全体の幸福と直結している感覚を渥美は強く持っていて、この感覚を持っていることはこの時代の超国家主義の一つのモデルなんです。

社会学者大澤さんが、明治の人たちはなかった自分の自我が凄く大きなものと一体化することで救済がくるという気持ち、宗教的なものが、昭和のこの頃から大きくなってきたということ。

自分の自我が大きなものと一体化することで救済がくるという気持ち

出典:NHK

そこで、アニメのセカイ系(”ぼく”と”きみ”の小さな関係性の問題が世界の危機に直結するような作品群)がここ20年くらい根強い人気があると中島さん。

例えば、その代表的な作品「新世紀エヴァンゲリオン」(1995年)には、最終的に人間は行き詰っており、自分のことをわかってもらえないという他者の恐怖をなくすために他者と私の区別がなくなり液体化し、自我が溶解していくような次元に世界は行くのだろうかという”人類補完計画”を巡る14歳の男の子や女の子が悩み、苦しむもので、昭和維新の頃の超国家主義の観念に非常によく似ているということなのです。

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最後に

中島さん「経済の右肩上がりの時代が止まった後、時代の生きづらさがナショナリズムと結びつき、排他的な暴力的なイマジネーションをつくっている。これは日本だけでなくイスラムの過激派の問題や様々な移民排斥の問題や色々共時的な世界で起きてる同じ問題群として考えられることができるのです」と。

中島さん

出典:NHK

「確かに!」と超納得のお話。

日本では、SNSで求める承認欲求もそうですし、インフルエンサーや富裕層の言葉だったら簡単に信じたり、オレオレ詐欺では再配分しないお金が余っているという理論で高齢者をターゲットにしたりと色々な事が浮かんできます。

しかし、現代はマーケット至上主義となりすぎていて、天皇や国家に対して救済を多く求めてないのかもしれませんが。

ということは、新型コロナウィルスの影響で世界中が不況に陥った時に、精神バランスや理性を保つことができるのでしょうか?

と、この番組を見たことで、心配になりましたが、こういった歴史を知って自分と照らし合わせることで学習できたように感じることができたと思います。

政府は冨の再配分についてもっと検討すること、国民は基本的なことですが、一人一人が少しずつでも許容を広げることを、考えて生きることじゃないかなと思います。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK