血液型の歴史は約120年、輸血禁止後200年でやっと輸血安全の壁を乗り越えたんだ。

血液型の互換性

最近、NHKの「チコちゃんに叱られる!」のおかげで、少しでもボーっと生きてないようにしようと心掛けるようになってきました。

先日、「又吉直樹のヘウレーカ!」で大阪大学仲野教授が「人間の身体は約37兆個の細胞でできていて、200~250種類ありますが、その中で一番多い細胞は赤血球で約6割(22兆個)」と、又吉さんに説明していました。

さらに、「その赤血球細胞は4週間ぐらいで寿命になります。」とのこと。

「ふーん」と思いながら、「あれ?ところで、血液型って、なんとなく病気になった時の輸血の際に必要ということはわかってるが、そもそも、いつから血液型というものがあるのだろう?血液型の違いって子供にきかれても答えられない」と思い、チコちゃんに叱られる前に調べてみることにしました。
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血液型と輸血

血液型の違いは抗原の違い

血液型の違いは赤血球の表面にあります。赤血球の表面にはなんと、約100万個の糖タンパク質がついているのです。そして、この糖分の中にどんな抗原が含まれているのかによって、型が区別されているというわけです。

で、抗体が外からやってきた抗原は有害(敵)という認識で排除する働きをします。自分の抗原であれば、無害(味方)という認識で排除しないのです。

排除する働きというのは、抗体が体を守るために血液を固めてしまうのことなのです。

血液型は何種類?

ABO式血液型は赤血球の表面で決まるのですが、実は血液に含まれる酵素にも違いがあり、細分類されており、150種類あるのです。

Rh式血液型もその150種類のうちのひとつです。D抗原というおのを持っていればRhプラスで、持っていなければRhマイナスとなります。

ABO式血液型は合っていても、このD抗原を持っているか持っていないかで不一致があれば、抗体は血液を固めてしまいます。

献血

血液型発見の時期

1900年ABO式血液型が発見されました。

オーストリアの医師ラントシュタイナーが人間同士の血液を混ぜ合わせると血球が凝集するケースがあることを知り、ヒトには少なくとも三つの血液型(今日のA、B、O型に当る)が存在することを発見したのです。

翌年には、さらにAB型が追加されました。

1940年にはラントシュタイナーと弟子ウィーナーがRh血液型も発見、血液型の発見によって、それまで型の合っていない血液を輸血したことで起こった副作用や死亡事故が減少しました。

医療での輸血が必要だからこそ研究されていた

血液が生命や力の根源であるという考え方はとても古くからありましたが、1616年ハーベィが血液の体内循環論を発表したことにより、あらゆるところで実験が行われるようなります。

1667年フランスでドニが人間に対する輸血として認められている最初の(小羊の血液を)輸血を行い、成功しました。その後、小羊の血液を用いて輸血を行い続けましたが、ついに一人の患者を死なせてしまいました。

以降、フランス、イギリス、ローマで輸血禁止され、ヨーロッパでの輸血が全くなされなくなりました。

その後、1818年にイギリスのブランデルが癌患者に人間の血液を輸血失敗したが、1825年出産時の失血で死に瀕した婦人に輸血し成功したことで、輸血の必要性が再燃して、1900年のABO式血液型の発見に至ります。

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最後に

日本人の血液型の割合は約40%がA型、次いで、O型が約30%、B型が約20%、AB型が約10%です。世界全体ではO型が一番多いのですが、どうして日本は違うのでしょう?

チコちゃんに叱られないように調べますね。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK