せごどん、第3話までで吉之助が最期まで通したことがわかった!

田原坂の戦い

大河ドラマせごどんは第3話「子どもは国の宝」までおわりました。

「せごどん」第2話、3話での西郷吉之助は自分のことよりも、弱い立場の人を助けたい気持ちが先に立ってしまい、安請け合いしてしまうところがありました。

この頃のまっすぐな吉之助は全くと言っていいほど計算してないみたいで、どうにかしたいと思って口に出すはいいが、結局自分自身の不甲斐なさを噛みしめなくてはいけなくなります。

しかし、こういった多くの苦い経験を糧に、大局的な視点を身につけていったのだと思います。

ですので、若いころに自分のことを後回ししている西郷吉之助を「せごどん」でみれて、わたしは満足です。

「せごどん」2話、3話、西南の役で、自分のことを後回しにする吉之助の話を振り返りたいと思います。
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西南の役、出兵を決めた一言「この体はお前さあたちに差し上げもんそ」

せごどん第2話目「立派なお侍」で

小吉は年貢の徴収を行う仕事につき、名を吉之助と名乗るようになります。

そこである百姓の家で借金が払えず、ふきという娘が売られそうになっている姿を見て、手持ちのお金と上司のお金を借り、借金取りに渡し、その場はなんとかなります。

が、借金の方でふきが再び売られそうになる姿を見て、いてもたってもいられなくなった吉之助は、調所広郷の元に直訴しにいきます。
あまりにも熱い吉之助に押され、取れ高に応じて年貢を決める検見取(けみどり)の許可を出す調所。

検見取で百姓の生活を助けることができる吉之助ははりきっていたが、ふきの父親の百姓たちがお上の目を盗んで耕した田んぼ作っていたことを見つけてしまい苦悩するすることになります。

悩んだ末、島津斉彬に百姓の苦しみを伝えたいと赤山靱負にお願いし、江戸へ立たれる斉彬に手紙を渡すことになっていました。
しかし、その時にふきが借金取りに連れて行かれそうになり、その場に居合わせた後のお嫁さんとなる糸が吉之助を呼びに行きます。

吉之助は急いでふき借金は自分が返すからと土下座し引き止めるも、ふきは「お侍さぁ、もうよかです。わたしが行けば、借金が消えもす…」と涙を流しながら借金の方として自ら連れて行かれます。

「おなごひとり救えんやっせんぼじゃ」と自分の力の無さを嘆く吉之助でした。

せごどん2話

出典:NHK 「せごどん 第2話」

せごどん第3話目「子供は国の宝だ」で

明け方、用足し起きて外に出た吉之助は道の方から聞こえてくる話し声が気になり見に行きました。そこには鍋や釜、農具、そして風呂敷包みなどを持っ、母親と3人のこどもの一家が山に向かっていました。

吉之助は、体の弱そうな妹を介抱する少年が先日会った半次郎であることに気づきました。

吉之助は一家の様子から逃散(農民が耕作地を放棄して逃亡すること)ではないかと疑って、とめます。
すると半次郎は「逃散ち、おいの父上は百姓じゃなか。侍じゃ!」と反発するのです。

そんな半次郎に吉之助は説得を試みます。
「脱藩は見つかったら死罪じゃ。侍が逃げたらもう二度と侍には戻れん!」

その説得にも応じず、半次郎の母は逃散しようとしますが、半次郎は「嫌じゃ!母上、おいは侍を捨てれん!」と訴え、少しの間言い争いになります。

吉之助は言い争う半次郎親子を見ていて、困っている人をどうにか助けてあげたいという思いから、「わかいもした。おいがなんとかすっで」と力になる約束をして、半次郎一家に米を分け与え、荷車を貸すので家に戻るように促し、吉之助も手伝い家まで帰るのでした。

しかし、逃散の手伝いをしたとして吉之助は免職になりそうになりますが、またしても赤山に助けてもらうことになります。

西南の役で

西南戦争の約2年前に吉之助直筆した書が鹿児島県川内市の旧家でみつかりました。
「世間を渡る道は曲がりくねっている」と書いてるそうです。

「世間を渡る道はヒツジの腸のように曲がりくねっている。功名はカタツムリの角の上のような狭い世界のことであり、つまらないものだ」という意味の中国、明の政治家が残した漢詩が連なってるとのこと。

自分の功名は誰かの役に立つということに比べて陳腐なものであるという気持ちで書かれた感じがします。

西郷吉之助書

出典:上毛新聞

また、吉之助は、西南の役に出兵する際、何もいうことはない、お前たちの良いと思うようにしてくれと言って若者達の気持ちを尊重し、「この体はお前さあたちに差し上げもんそ」とお前たちの気持ちを満たすためには命を差し出すとも述べました。

そして、最期は「晋どん、もうこの辺でよかが」と別府普介に介錯を頼んだそうです。

自分を後回しにし、若い士族の気持ち、総意を優先にして西南の役を起こしたと思います。

吉之助は若い時から西南の役の自刃する最期まで自分のことを後に考え続けてきたことがわたしの中でつながりました。

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最期に

吉之助さんはやっせんぼの自分だけど、誰かの役に立ちたい。
自分を後回しにしても命がけで誰かを助けたいという信念で生涯通した男だと思います。

やっせんぼの意味は役に立たない、度胸がない、決断力がないなどです。
最期の最期までこの気持ちを本気でもっていたからからこそ、昔も今も、ずっと好かれてきたんですね、きっと。

西郷吉之助さんは、南北朝時代の楠木正成さん、昭和の土光敏夫さんと並びわたしが生き方にあこがれる方です。

しかし、あこがれていても、自分ではなかなか・・・ですね。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK