日本列島は地震や火山が多いからこそ出汁がおいしいし、米もおいしい。豊かな生活が当たり前すぎて畏敬の念が薄れてるのかも。

畏敬

2020年4月22日(金)、NHK「又吉直樹のヘウレーカ!」で”和食のうまいはマグマのおかげ?”という内容での放送の本題についての記事です。

ヘウレーカ流マグロ御膳献立

出典:NHK

巨大噴火・自身変動の予測など国家プロジェクトに携わる神戸大学教授の巽好幸さんと又吉直樹さんがへウレーカ流マグマ御膳を味わいながら、和食がおいしいのは日本の水であり、日本列島の地形であり、その地形を生み出したのは地球のプレート、マグマということのお話が本当にヘウレーカ!

しかし、日本列島はこういった恵を与えてくれる一方で耐えがたい試練も与えるので、日本人の土地との向き合い方が薄くなってきているのではないかというような内容も。

ふり幅の広いお話ですが、こんなつながりがあったのかと考えさせてくれる内容でしたので紹介したいと思います。

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日本列島に、自然に、地球に畏敬の念をもって和食を味わうことへの学び

昆布が日本で出汁に使われるようになった理由

硬水と軟水では昆布出汁の味の出方が違う

フレンチは獣の肉をベースにしてスープを作るのが当たり前ですが、日本料理・和食ではそうではないのは水の違いと考えられます。

フランスの水と日本の水

出典:NHK

フランスの水はカルシウムやマグネシウムが多い硬水(硬度1,400㎎/ℓ)、日本の水は軟水(硬度40㎎/ℓ)、それぞれの水で昆布と鶏肉の出汁を取ってみると水の影響でどうなるのか?

鶏肉の場合、硬水の方が早くたくさんアク(灰汁:主要なものは動物性のタンパク質)が出て、軟水の方はゆっくりと少しずつです。

カルシウムは動物性タンパク質と結びつく性質があり、熱するとアクとなって出てくるので硬水の方がアク多くでるということなのです。

カルシウム

出典:NHK

鶏肉の出汁の味は、硬水の方が獣の臭さをアクで出しているので臭みが取れ、軟水よりサッパリしているのです。

昆布の出汁は、軟水の方が甘みが前に来ており、まろやかで飲みやすく、硬水の方がちょっと雑味が残っているのです。

アルギン酸

出典:NHK

昆布の味の出方が違う原因は表面のぬめり成分アルギン酸は水の中のカルシウムと結合し表面に膜を作るのですが、硬水で出汁を取ると旨味成分が出にくいんです。

ヨーロッパが硬水で日本は軟水なのはなぜ?

山から川を伝って流れる水の違いによるもの

日本の川はヨーロッパに比べ河口からの距離が短い

出典:NHK

上記画像は川の河口からの高さと距離を表したグラフです。

日本の川は高いところから短い距離で流れる急降配が特徴で、一方ヨーロッパには低い位置から長い距離で流れる川が多いのです。

フランスで一番長いロワールが全長約1,000Kmもあるので、ゆっくり時間を流れることで、地表のカルシウムやマグネシウムが水に溶け込むのです。

だからヨーロッパの水は硬水が多いのです。

ロワール川

出典:NHK

一方、日本は山が高く、川の流れが速い、富山県にある常願寺川は標高2661mからわずか56Kmとで海に達します。地表の成分が溶け出す時間が短いため、日本は軟水が多いのです。

常願寺川

出典:NHK

では、日本が山が高くなったのはなぜか?ということは先日「日本列島の山が急に高くなったのは300万年前。フィリピン海プレートと太平洋プレートのおしくらまんじゅうでなった!」で記事にしてますので、ご一読の程。
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弥生時代、米作による豊かな生活を選んだために津波で集落が終焉に

又吉さんと巽先生は、実際の地形を見てみようと、あべのハルカスの60階にある展望台に。

あべのハルカス60Fに着いた巽先生と又吉さん

出典:NHK

平地と大地が段々な大阪

出典:NHK

縄文人は森の恵みと海の恵みが両方捕れる丘陵地の一番端に住んでいたのです。津波が来るから海の近くにはすめなかったのです。

稲

出典:NHK

しかし、弥生時代になると米作のために平野部に住むようになります。米で豊かな生活が保証されるようになりますが、津波の危険性より明日の豊かな生活を選んでいったのです。

実は、弥生時代の環濠集落の遺跡から全て津波や大洪水によって終焉したことがわかってるということです。

約2000年前、南海トラフの沈み込みによって起きた大地震で生じた大津波の痕跡が四国や九州、東海地方の三重県で見つかっていますし、びわ湖周辺の湖底や湖岸など広域にわたってM7.5クラスの地震の痕跡が出てきています。

それでも、日本人は豊かさは手放すことはせず、治水のはじまりとなっていくのです。
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日本海が出きたことで、豊かな漁場に

日本海が誕生したことで、日本列島の周辺は豊かな漁場になりました。

暖流と寒流がぶつかる場所が日本の海

出典:NHK

南からは暖流、北からは寒流が流れ込み、ぶつかり合うことでプランクトンが豊富になります。

魚はこの栄養が豊富な海で育つのです。

メバチマグロのお造り

出典:NHK

その魚を求めてやってくるマグロは暖流に乗って回流し、多くのエサを食べることで、身に脂が乗って極上となるのです。

火山のある場所に蕎麦の産地が

日本の蕎麦の産地は火山がある場所と重なるのです。

日本列島のそばの産地と火山の位置

出典:NHK

日本には活火山が111個もあるのですが、その火山の近くでは蕎麦が多く栽培されています。標高が高く涼しい、火山性の土壌は水はけが良いからなのです。

ざるそば

出典:NHK

まさに日本が火山列島であるということと蕎麦文化というのは密接に関係しているのです。
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最後に

「弥生時代からはじまった葛藤(米作と津波の選択)は『はかなく消え去るものは美しいものである』とある種の諦めになっていったのです。
しかし、これから色んな試練、恩恵も含め受けていくわけですから、災害、地震・津波・洪水・火山などをできるだけ抑えていくことをきちっと考えていかないといけない」と、巽先生のお言葉に対し、

はかなきものこそ いみじけれ

出典:NHK

又吉さんが「畏敬という感覚が大事なのかも」
「かつては、山や森、海にしめ縄みたいなものがあり、ここから先は自然の神様の領域だから人間が踏み込むときはそれなりの覚悟を持っていうのがあったのが、今その境界みたいなものがなくなって、おいしいものなど自然から得られるものは甘受して、じゃあ畏れみたいな部分をどうするかということですよね」と。

ここから先は自然の神の領域

出典:NHK

東日本大震災の年の12月に人と海洋の共生をめざす海洋政策研究所にも同じようなことがありました。

人間の限界を認識する

縄文時代と弥生時代とでは、自然観が大きく違うと考えている。縄文人は、人と自然とを切り離さず、人の力が及ばない領域(あの世)を強く意識していた。人も食べ物も、「あの世」から訪れた客人であり、それぞれの役割を終えた後に、再び「あの世」に戻っていく。その客人を精一杯もてなし、にぎやかに送り出すとともに、再来を願う儀式が行われた場所こそが、貝塚だったのではないか。貝塚には、人も埋葬されている。集落にほど近い場所でこのような営みが繰り返されたからこそ、大きな塚となって残ったのである。弥生時代以降は、自分たちの管理下にある領域を自然からはっきりと区別するようになった。自分たちで食料を栽培し、自分たちで自然を変えることができる、そう思い込むようになったのではないか。
今の日本人の生き方は、弥生時代に近いようだ。弥生人が稲作に適した低い土地に集中し、自然を切り開いていったように、現代人も、仕事に通いやすい、便利な場所に人が集中し、極端な自然開発をおしすすめてきた。被災地の人たちが、もとの暮らしを取り戻したいと考えるのは当然のことである。しかし、悲劇を繰り返さないように、今後の地域のデザインを考えていく必要があるだろう。歴史のかなたに埋もれていると思われている縄文人だが、彼らの「広く薄く」環境を利用する営み、働く場所と住む場所を切り離す一方、自然からくらしを切り離さないという思想に学ぶところは多いのではないか。
今回の災害(東日本大震災)は、千年に一度のものといわれている。悲しみを乗り越え、長い目で地に足のついた景観を作り上げていくために、歴史を見渡して、遠い先人たちの知恵を活かすことが、今こそ必要になっているのではないだろうか。

引用:笹川平和財団海洋政策研究所「貝塚と大津波―縄文に学ぶ未来の景観」

そうですね。豊かで便利であることばかり先に進んで足元を、周りの環境を考えない人が多くなってきているので、豊かな生活を過ごせていてありがたいと感謝と共に畏敬の念を抱くことを少しでもということを学ばせて頂いた放送でした。

ありがたいですね。

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1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK