オリンピック作戦をやられてたら、日本は壊滅していたに違いない!【後編】

広島・長崎に続き9個の原子爆弾を用意

2020年8月15日、NHK BS1スペシャル「果てなき殲(せん)滅戦~日本本土 上陸作戦に迫る~」が放送されていました。 語りは大竹しのぶさん。

原爆で降伏させるしか

出典:NHK

75年前、九州は無残な殺りくの戦場となろうとしていた。

昭和20年の夏、アメリカ軍は沖縄戦後「オリンピック作戦」と名付けられた九州南部上陸作戦を進行。

上陸する兵士は史上最大規模の76万人が想定されていた。

今回オリンピック作戦の詳細を取材すると驚愕の作戦が次々と立案・遂行されようとしていたことが明らかに。

背景には日米双方の敵国へのぬぐえない恐怖と憎悪があった。

未完のせん滅戦の全貌に迫る。

出典:NHK

もし、11月まで戦争が続いていたら、九州に76万人のアメリカ兵士が上陸していたかも、また、その前の10月に原子爆弾がもう3発投下されたかもしれなかったのです。

1945年8月15日に日本が無条件降伏をしていなかったらどうなっただろうかに迫るドキュメンタリー番組で心に訴えてくる内容でしたので、紹介します。

この記事は後編です。  前編は「オリンピック作戦をやられてたら、日本は壊滅していたに違いない!【前編」を。

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日本本土上陸作戦に迫る【後編】

未完に終わった とてつもなく恐ろしい作戦があった

禁止されていた毒ガス兵器を

沖縄の地下壕に立てこもる日本兵との戦いに苦戦し大きな犠牲を生んでしまった。

地下壕に効果的な攻撃を検討するため、アメリカ西部ユタ州の鉱山の坑道を日本の地下壕に見立て実験が繰り返されました。

上空からのロケット弾、ナパーム弾など破壊実験は地下壕にダメージを与えるほど効果的な効果はありませんでした。

地下壕入り口は塞げたがの日本兵は出入りできる、そうした中、禁断の毒ガス兵器の使用が検討されるように。

毒ガス使用禁止

出典:NHK

毒ガス兵器は第一次世界大戦で大量に使用され、100万もの死傷者を出したため、1925年にジュネーブ議定書で使用が禁じられました。

陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルは毒ガス兵器の有効性をまとめた報告書を作成し 「日本軍は最後の一人になるまで狂信的に抵抗し、戦況の進行を遅らせている」

毒ガスを使うのは正しいと思い始める

出典:NHK

「これらの抵抗地域は毒ガスによって一掃することができる」「アメリカ軍の犠牲を最小限に減らし、効率よく日本兵を殺すことができる」「毒ガスはオリンピック作戦から使用するのが理想的である」

当時、日本との太平洋戦争は3年以上に及び、米兵死傷者は15万人以上を超しており、第二次世界大戦での戦費も1,860億ドルと膨大な額になり国民の不満が高まっていました。

米軍の犠牲を抑えいち早く戦争終結させるという大義名分のもと、毒ガス実験は加速していきました。

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日本軍の新たな防衛作戦、決合作戦

防衛を強化するため、およそ60万の兵士を吸収に集結。

さらに40を超える特攻基地を建設したのです。

日本兵が敵艦に体当たりする特攻作戦を推し勧めたのです。 アメリカ軍に打撃を与え少しでも有利な条件で終戦に持ち込むのが日本の狙いでした。  

爆弾を背負って敵戦車に突撃し、亡くなられた方

出典:NHK

爆雷を背負って米軍戦車に突撃する訓練をされた方の話「リュックサックみたいなものを背負って飛び出して、地面をはいずって、敵の戦車のキャタピラに投げて、走って塹壕に隠れる訓練をやった」「怖いとか、そういうことは通り越してる」「判断停止」「言いつけ通りに動くロボット、、、だったんじゃないかなと思いますよ」

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日本兵の決合作戦で原爆投下の検討まで

九州で膨れ上がる日本兵数が、オリンピック作戦をさらなる恐怖へ

陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルの元にある諜報部から

九州の日本兵35万人の見積もりが62万と

出典:NHK

当初35万と見積もられていた九州の日本軍兵が62万に膨れ上がっているという情報が入ってきました。

配備された航空機が想定の3倍以上に

出典:NHK

配備された航空機も想定の3倍以上に。

諜報部からこのまま本土上陸を行えば深刻な被害を被ると警告を受けました。

日本に一般市民はいない

九州南部の空襲激化

出典:NHK

その頃、7月末には、九州南部の空襲が激げしさを増し、次々と一般市民が狙い撃ちされました。

上陸作戦を勧めたアメリカ陸軍航空部隊の機密文書の冒頭には「日本に一般市民はいない」と、記されていました。

「日本は全ての男女、子どもを動員し団結すると宣言した」「この宣言により全ての日本人が”武装した兵士”となった」「もはや日本に一般市民はいない」「一人でも多くの日本人を探し出し、可能な限り殺害する」

憎悪の負の連鎖は極限に

憎悪の負の連鎖

出典:NHK

憎悪の負の連鎖は極限に達し、

広島、原爆投下

出典:NHK

1945年8月6日、広島へ原爆投下

長崎、原爆投下

出典:NHK

1945年8月9日、長崎へ原爆投下

それでも尚、日本は無条件降伏に応じないと考えていたアメリカ軍は九州上陸に向けさらなる作戦を推し進めようとしていました。

九州へのさらなる作戦とは原爆投下

陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルは水面下である調査を部下に命じていました。

ジョン・ハルとL・E・シーマン

出典:NHK

その部下とは、陸軍作戦参謀次長ジョン・ハルと原爆開発の中枢にいたL・E・シーマン大佐。

8月13日、2人が作戦に対して交わした会話の記録が残されてました。

「マーシャル将軍が原子爆弾製造の進捗状況を知りたがっている」

「もし、今命令したら、いつ原子爆弾を準備できるか?」

「9月の末まで3個、その後月に3個ずつです」

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最後に、陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルのオリンピック作戦に関する肉声

オリンピック作戦で原子爆弾をどう使用するのかの詳細などが陸軍参謀総長のジョージ・マーシャルの肉声で残ってます。

広島・長崎に続き9個の原子爆弾を用意

出典:NHK

「(広島・長崎に続き)9つの原子爆弾を準備していた」

九州南部の上陸作戦に間に合う予定

出典:NHK

「日本本土最南端への作戦には間に合うはずだった」

「上陸する3つの軍団がそれぞれ3つの原子爆弾を用意する計画だった」

「上陸する前に、まず投下する」「もう1発は援軍にくる日本軍に投下」「3発目は山を越えて援軍に来る日本軍に投下」

「原爆を落とさず上陸すれば米兵犠牲者はさらに増えると思った」

沖縄戦でも日本は降伏しなかった

出典:NHK

「沖縄では12万の日本人を殺害したが、日本は降伏しなかった」

日本人は死ぬまで戦い続けた

出典:NHK

「日本人は死ぬまで戦い続けた」

東京大空襲

出典:NHK

東京大空襲後の死骸

出典:NHK

「東京では一夜で10万人の命を奪ったが日本軍には何の影響もなかった」

「上陸作戦が行われたら、日本の抵抗はもっとすさまじかっただろう」

原爆と落とさず上陸作戦をすると米軍被害が大きくなる

出典:NHK

「大きなショック(原爆)を与え降伏させるしかなかったのだ」

1945年8月15日、日本の無条件降伏でオリンピック作戦は未完の作戦に終わりました。

原子爆弾のさらなる投下と毒ガス攻撃がされていたら、九州南部は全滅状態での無条件降伏となっただろう。

と想像すると、「なんて恐ろしい作戦をアメリカに日本軍は計画させてたんだ」という気持ちで悔しいいっぱいになりました。

 

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK