織田信長の水軍を討ち破った村上海賊は航海の安全を保障するサービスで瀬戸内海を支配してた!

村上海賊のイメージ

2020年1月16日(土)NHK「ブラタモリ」のテーマは”しまなみ海道~“瀬戸内の覇者”村上海賊はなぜ生まれた?~”。

村上海賊とは戦国時代に瀬戸内海を支配した謎多き武装集団。織田信長の水軍を討ち破り、天下に名を轟かせました。最近では小説「村上海賊の娘」がベストセラーになるなど注目されています。

村上海賊の娘

海賊と言えば金品を盗んだりする悪いイメージなのですが、村上海賊は全く違うということが今回の「ブラタモリ」でわかることになります。

そして、村上海賊が生まれた理由もわかります。

<Sponserd Link>



村上海賊は南北朝時代の頃から瀬戸内海を知り尽くしたプロ集団だったから強かった!

村上海賊の要塞能島(のしま)

能島は村上海賊の城

その謎を解くためにしまなみ海道の南に浮かぶ1集が約1kmほどの小さな島、能島に向かいます。

能島

出典:NHK

能島はお城

出典:NHK

タモリさん、すぐに「お城だよね」と。島がお城になっていることに気付きます。

能島

出典:NHK

「ある部分、人工的に作られてる」

全国的にもめずらしい海城を村上海賊は拠点にしていたのです。

能島のどんなところが天然の要塞

海は天然の堀と見立てられることもあり、周りから侵入しにくいことが1つのメリットです。

実は能島は海という堀以外にも様々な防御が備わった天然の要塞と言われているのです。

岩礁(海中に隠れたり、海面にわずかに出ている岩)がたくさんあり、舟で近づきにくいのです。

満潮と干潮時の差

出典:NHK

能島周辺の水深が浅い海には硬い岩場があり、一見海に見える部分も潮が引くと岩礁が頭を出しています。

能島周辺の海図

出典:NHK

海上保安庁が作る海図を見ると能島の周りは水色のところの水深が浅いところだけでなく、干潮時に岩礁が頭を出す茶色部分もあることがわかります。舟にとっては危険な場所ということがわかります。

敵にとってはやっかいなトラップです。

もう1つ能島が天然の要塞と言われる理由は潮の流れの速くて、激流。こちらも敵にはやっかいなトラップ。

能島は周りの島との距離が近く、潮はその狭い水路に流れ込むことで速さを増します。この速い流れが海底の岩場にぶつかることでとても危険な潮になるのです。

沸き潮

出典:NHK

海面に浮かぶ波紋は沸き潮。激しい時には舟を転覆させる威力です。

うず潮

出典:NHK

そして、うず潮は突如として現れ、直径10mを超えることもあます。

能島に城を気付いた理由は

能島は村上海賊の生活の場

かわらけ

出典:NHK

当時は酒を飲むたびに使い捨てにされたかわらけという杯の破片が島中の至る所に。

化粧皿や碁石やかわらだま(おはじき)も見つかりました。

能島は推定で200人の男女子どもが暮らす、海賊たちの生活の場だったことがわかりました。

城の本丸から

なぜ村上海賊は数ある島の中で、この能島に城を気付いたのかがわかる理由が本丸からの眺めでわかるということ。

タモリさん「360度見渡せますよね」と正解を。

能島は瀬戸内海を通る舟にとって避けて通ることのできない航路の要衝なのです。

全航路が監視できる島

出典:NHK

能島からは中国・九州方面、京都大阪方面の全ての航路を監視できるのです。

村上海賊が築いた多くの海城

出典:NHK

さらに村上海賊は能島以外にもしまなみ海道の航路の要衝に海城を築くことで瀬戸内海全体を支配したのです。

<Sponserd Link>



村上海賊が支配するのに使ったのが過所旗

村上海賊が一般的な海賊のイメージではないという一つは、過所旗という海の通行手形を通行料と引き換えに発行していたことにあります。

過所旗

出典:NHK

そして、過所旗を持ってない舟がいても、村上海賊は襲ったり略奪したりするのではなく交渉をしていたのです。

船頭と海賊が1日近くかけて交渉した記録も残っています。

一方、多くの舟はこの過所旗を欲しがりました。瀬戸内海には村上海賊以外にも海賊がいたので、この過所旗を持っていることで、村上海賊に守ってもらえるというメリットがあったからなのです。

村上海賊は航海の安全を保障していた

出典:NHK

村上海賊は航海の安全を保障することで、瀬戸内海を支配していたのです。

村上海賊は海の知識を豊富に持つ専門家集団として航海の安全を保障するために上乗りという水先案内人サービスを提供していたのです。

村上海賊の多くは漁師だったので、海で働き、潮の流れや水位など意識を蓄えており、海のプロ集団として瀬戸内海を支配することができたのです。

<Sponserd Link>



大三島で村上海賊が誕生した理由がわかった!

タモリさんたちが訪れた大三島の海岸、石英と長石でできた白い砂浜で、それを利用し塩作りが行われていたのです。

石垣は海水を塩田に引き込む水路の入口を波から守っていたものでした。

能島でも見た石英と長石でできた白い砂浜が塩作りに最適なのですが、それは毛細管現象があるからなのです。

毛細管現象が繰り返されることで塩が作りやすくなるということについては下の動画をご覧ください。

塩が村上海賊が誕にかかわっている

出典:NHK

こうして塩を作ることによって村上海賊が誕生したのです。

京都の東寺がしまなみ海道にもっていた塩田に関する古文書

出典:NHK

京都の東寺がしまなみ海道にもっていた塩田に関する古文書には南北朝時代の村上海賊についての記載がありました。

野島(今の能島)、酒肴料3貫文(現在の30万円)の前後を読み解いていくと、東寺が塩の荘園(塩田)を行き来する船の警護料を”酒肴料”として村上海賊に払ったということが。

村上海賊は塩運搬の警護で誕生した

出典:NHK

つまり、村上海賊は塩運搬の警護からはじまったということなのです。

<Sponserd Link>



最後に

今回の「ブラタモリ」の放送で、瀬戸内海を知り尽くした航路の安全を保障するプロ集団が村上海賊として織田信長の水軍を破ったことを知り、驚きと感動でした。

真田幸村の父、真田昌幸もそうですが、地を知るものは強いのですね。(昌幸の場合は上田の山と川でしたが)

村上海賊の地である瀬戸内海は20万年前までは陸地、その後海没し、その時山々の頂上部分が島々として残っているこれがしまなみ海道の能島などができたことも知ると尚感動です。

瀬戸内海の美しさ、奥が深い!

ということで、瀬戸内海の誕生については巽先生のyahoo記事「大断層「中央構造線」の活動が豊かな瀬戸内海を造った」でわかりやすく説明されています、そして、

その瀬戸内海ができるさらに昔のに西日本に関することについては以前「西日本は各地でカルデラ噴火後、巨大岩浮上で多くの険しい山できた!紀伊には神奈川県大の花崗岩浮上の痕跡が‼」をアップしていますので、もしよろしければ。

<Sponserd Link>


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK