利益とSDGsの対極の両立するために、渋沢栄一の”論理と算盤”でブレないバランス感覚を学ぼう!

渋沢栄一

2021年4月26日(月)のNHK Eテレ「100分de名著」は渋沢栄一の“論語と算盤”の4回目の放送。

会社は同時にSDGsを求められている

出典:NHK

現代、会社は「利益を上げろ!」と株主からのプレッシャーを受けます。一方、同時にSDGsの実現を社会から求められ、プレッシャーをかけられています。
どうしたらこの対極のものを両立できるのでしょうか?

そこで、道徳とビジネスの両立を説く”論語と算盤”。

対極にあるものを調和させてこそ、多くの人を救う真の豊かな社会を実現できるのです。
この放送では多様性を目指す21世紀の日本。渋沢の知恵に未来を生きるヒントを読み解いていました。

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儲け主義だけでは永続しない。道徳を重んじないと。

富の永続には道徳が欠かせない

国の富には道徳と欲望が両方必要

実業とは多くの人にモノが行き渡るようにする生業(なりわい)です。これが完全じゃないと国の富は形になりません。

国の富をなす根源は何かと言えば、社会の基本的な道徳を基盤とした正しい素性の富です。

そうでなければ、その富は完全に永続することができないのです。

富の永続には道徳が欠かせません。

一度限りの詐欺のような儲け方ではビジネスは永続せず、社会の継続的な発展も危ぶまれます。

一方で経済は儲けたいという欲望をエンジンとして前進します。

道徳と欲望。

金儲けを品の悪いことのように考えるのは、根本的に間違っている。

しかし儲けることに熱中しすぎると、品が悪くなるのもたしかである。

金儲けにも品位を忘れぬようにしたい。

引用:「渋沢栄一の名言20選」より

経済が発展し、国が富むには両方が不可欠です。

Balance morality and desire

出典:NHK

渋沢は道徳と欲望のバランスをとる必要性を以下のように強調しています。

私が常に希望しているのは物事を進展させたい、モノの豊かさを実現させたいという欲望を、まず人は心に抱き続ける一方で、その欲望を実践に移していくために道理をもってほしいということなのです。

その道理とは社会の基本的な道徳をバランスよく推し進めていくことに外ならない。

渋沢は欲望を抱き続けるという言い方をしていまして、枯れてはダメで、論語に象徴される道徳や信用をもって長続きできるようにしましょうと言っているのです。

渋沢は士魂と商才を両方重んじた

士魂商才

出典:NHK

人の世の中で自立していくためには武士のような精神が必要であることはいうまでもない。

しかし、武士のような精神ばかりに偏って「商才」がなければ、経済の上からも自滅を招くようになる。

だから「士魂」とともに「商才」がなければならない。

引用:”論語と算盤”解説サイト

ここで言う武士の精神というのは江戸時代の中期以降に広まった論語や儒教の影響を受けた武士道のこと。「論語」や儒教の核心と同じく商売も「信用」が大切で、お互いの核心が一致しているので士魂と詳細は一致するということなのです。

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貧富の差を生む算盤を論語の現代的解釈で補う

論語と算盤のそれぞれの長所と短所

論語の長所は多くの人が納得できる道理にかなった教えが説かれていることです。
しかし、孔子が説く2,500年前の道徳は時代遅れとなることもあります。

そんな時、助けとなるのが、時代に合った繁栄を目指す算盤の長所です。
現代的な見方で道徳をアップデートすることができます。

その反面、算盤の短所は貧富の差を生み出すことです。富を得る人もいれば、出来ない人もいる。

渋沢はそれを放置していいとは考えておりません。

とは言え、常に貧しい人と金持ちの関係を円満にし、両者の調和を図ろうと努力することは、ものの分かった人間に課せらた絶えざる義務なのである。

それなのに「自然の成り行きだし、人間社会の宿命だから」と流されるままに放置してしまえば、ついには取り返しのつかない事態を引き起こしてしまうのも自然の結果なのだ。

 

論語と算盤を一致させるには大きな障害があります。
論語の主人公である孔子は政治家志望なのです。だから、「論語」に書かれている道徳はある種政治的なのです。
この障害をわかりやすくするために、渋沢は「論語」を大胆に読み替えていきました。

例えば、

政治家志望の孔子の考え

出典:NHK

孔子は「富が追求に値するほどの値打ちを持っているものなら、どんな賤しい仕事についても、それを追求しよう」「だが、それ程の値打ちを持たないなら、自分は好きな道を選びたい」と言っており、政治家になりたい孔子の立場で読むならば、いい政治をしてみんなを幸せにするのが政治家の役割であり、自分の利益を追い求めてどうするんだということ。

渋沢の解釈

出典:NHK

渋沢は、そのまま読むと商業道徳にならないので、「孔子は富を得るためには賤しい仕事さえ軽蔑しなかった」のように解釈したのです。

渋沢の持論

男女同権を算盤の立場から

また、「論語」には現代では弱点と言える、男尊女卑と取られる価値観が記されております。

論語に男尊女卑

出典:NHK

しかし、渋沢はそういったものは過去のものにしなくてはならないと考えた渋沢は算盤の立場から男女同権を唱えます。

女性に対する昔からの馬鹿にした考え方と取り除き、女性にも男性と同じく国民との才能や知恵、道徳を与え、共に助け合っていかなければならない。

そうすれば、今までは5,000万の国民のうち、2,500万程役に立たなかったのが、さらに2,500万を活用できることではないか。

これこそ、大いに女性への教育を活発化させなければならない、根源的な理屈なのである。

 

渋沢は既に明治の末から、女性に参政権を与えなさいと言っていました。
かと言って、女性を経済合理性だけで見ているわけでないのです。
男尊女卑が非常に強い中で、他人を説得するのに反論しにくい経済合理性というロジックを使って、女性も男女同権にすべきだと主張したのです。

若者の養成について

新しき時代には

出典:NHK

新しき時代には新しき人物を養成して、新しき事物を処理せねばならない。

 

渋沢栄一は幕末から維新を経験しているのです。昔からの伝統的な価値観の方がいいと思っていたら、絶対維新なんてできなかったのです。
時代が変わるときは、変えなくてはならないときは若い人のやりたいようにやらせる、失敗するかもしれませんが、結局それが家や企業を救うことになるということを言っているのです。

親孝行という道徳についての渋沢の自論

また、儒教が重んじる”親孝行”という道徳についても、持論を展開しています。
渋沢は親が子どもを導いてこそ孝行ができると説いたです。

親は自分の気持ち一つで、子どもを親孝行にでもできるが、逆に親不孝にもしてしまう。
自分の思い通りにならない子どもを、全て親不孝だと思ったなら、それは大きな間違いなのです。
孝行は親がさせてくれて、はじめて子どもができるもの。
子どもが孝行をするのではなく、親が子に孝行をさせるのである。

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算盤の問題を価値観を論語の価値観で補おうとした事業例

算盤、つまりビジネスの大きな問題の一つは競争による2極化です。最悪の場合、弱者切り捨てにつながっていくこと。

この問題に対する答えを渋沢は自らの事業で示してみせたのです。

500もの会社の設立や経営に関わっていた渋沢は、同時に600もの公益的な社会事業に取り組んでいました。
中でも最も長くかかわったのが身寄りのない子どもや収入のない人を支援する養育院でした。

東京市養育院

出典:NHK

この東京市養育院には大正4年1月の時点で2千5,6百人の生活に困った方が収容されている。その多くは所謂自業自得の人々であるのだ。
しかし、自業自得だからと言って、同情を持って接しないというのはとても良くないことだ。

 

明治16年、この養育院は廃止されそうになりました。

惰民

出典:NHK

当時議員たちが「養育院に入る者は怠け者だ」「怠け者の保護にお金を使っても意味がない」と。そして、最終的に廃止が決定してしまいます。

 

これに憤慨した渋沢は「では、自分で経営します」と啖呵を切り、自ら資金を調達して運営を続けます。
算盤に含まれる経済合理性という価値観の行き過ぎを論語の価値観で救おうとしたのです。

人の常に抱くべき「人道」とは、何より良心と思いやりの気持ちを基盤にしている。

仕事には誠実かつ一生懸命取り組まなければならない。そして同時にそこには深い愛情がなければならない。

私は別に、彼らを優遇せよと言っているのではない。憐れみの情を忘れてはならないと言っているのだ。みなさんには、ぜひこの良心と思いやりの道を身につけ、現場で実際に行ってもらいたい。

福祉事業家渋沢栄一については2019年9月4日、NHK「英雄たちの選択」で放送された内容を福祉家渋沢栄一、弱者を切り捨てる言葉”惰民”を認めず、「論語と算盤」を貫いた生涯を日本人として知っとくべき!で記事にしていますので、ぜひご一読いただければ。

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最後に

養老院を自分で経営しますと言う渋沢の力の源は強く繁栄したの日本を作りたいという高い志があったので、実業界を作ったり、論語を広めることはあくまでも手段、道具だったのです。

渋沢栄一の高い志が表れた言葉

出典:NHK

現在、そういった高い志を持ち、渋沢のようなブレないバランスを持った経営者は日本に多くいると思います。
しかし、渋沢の頃に比べて変化が速く、激しい昨今、特に算盤が上手くいかなくなった時に、こういった経営者が周囲の圧力でその立場から外されることになることが繰り返されています。
そうして、算盤だけ考えている経営者が残る傾向も。

踏まえ、資本主義の限界から渋沢が唱えた少し社会主義寄りの合本主義の考えで、会社経営とSDGsを両立させるバランス感覚を養えるのではないかと思いました。

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1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK