足利義満は南北朝合一のため、「ドラえもん」のジャイアンのように全て俺のモノ!にしていけるやり手だった。

足利義満は「ドラえもん」ジャイアンのような将軍だった

2020年9月6日(日)NHK「麒麟がくる」は大型台風10号に関するニュースを放送するために休止となりました。

「義輝、夏の終わりに」は13日(日)に放送されるようになり、来週まで足利義輝役の向井理さんの出演分放送が延びたことを喜んでる方もいらっしゃるかと思います。

足利幕府は南北朝時代が約60年、戦国時代が約150年ということは、ほとんどの年数、将軍に権力がないイメージですが、実は中国、明の国から王として認められた将軍がいるのです。

その将軍は足利義満です。

金閣寺

出典:NHK

彼のイメージで一番真っ先に頭に浮かぶのは金閣寺の建立ですが、実際に成し遂げたことはそれだけではありません。

南北朝合一

出典:NHK

2020年8月25日のNHK「先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)」では”混乱の時代のリーダーとは? 足利義満~南北朝合一編~”が詳しく放送されていました。

計画通りに事を進めて行き、権力を自ら勝ち取って、南北朝合一を成し遂げるまでの義満の半生がわかりやすく放送されていました。

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南北朝合一という目的の為に、問題を直視し、一つ一つ事を達成していった義満

足利幕府の抱える問題を康暦の政変で確信

1367年12月28日、室町幕府2代将軍足利義詮が38歳の若さで急死します。

後を継いだ義満が満10歳だったことから、管領細川頼之が後見人として教育に当たることになります。

1379年、頼之の政権運営に不満を持った守護大名たちがとんでもない事件を起こします。頼之の罷免を要求し、義満の館を数万の軍勢で取り囲んだ”康暦の政変”です。

康暦の政変

出典:NHK

将軍の館を取り囲み、要求を突きつけという信じられない行動を守護大名たちはなぜできたのか?

実はそこに室町幕府が初代足利尊氏の時から抱えてきた問題があったのです。

足利尊氏

出典:NHK

鎌倉幕府討伐の際、尊氏は絶大な力で倒幕軍を率いたのではありませんでした。家柄を買われて他の大名に神輿として担ぎ上げられただけで、強い主従関係の上で成り立った力で将軍の座を手にしたのではなかったのです。

尊氏に味方しているのが自分の利益になると信じた人たちが一つの勢力を作るのですが、反するとその地域と勢力を連れてごっそりと尊氏から離れていくので、尊氏はこの人たちの機嫌を取ったり、妥協をしたりしていた

こうした日和見を決める大名たちにとって都合のいい存在がありました。それが、幕府と対立を続ける南朝です。

大名たちは、自分たちが南朝に寝返れば、幕府が危うくなることを知っていて、それを匂わせては、勢力の拡大に利用してきたのです。

その状況は義満の時代になっても変わっていませんでした。

細川頼之

出典:NHK

そこで、義満と細川頼之は南朝を武力討伐しようと兵を派遣してきましたが、その攻撃的な政策を快く思わなかった守護大名たちが、義満の館を取り囲み、頼之の罷免を要求。

それを拒否する力がなかった義満は、やむなく頼之を追放。南朝討伐を中止せざるを得ませんでした。

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南朝と対等な交渉を行うために

北朝での地位確立

この事件で南朝との対立を続けることが大名たちを律することになると確信した義満は政策を変換、南朝との和平を模索していきます。しかし、南朝は相手にしませんでした。

南朝と北朝と幕府の関係

出典:NHK

というのも、朝廷にとって将軍とは、自分が任命した家臣でしかなかったからです。家臣と交渉するなどありえなかったからです。

そこで、義満は南朝を交渉の席に着かせる方法を思いつきます。

南北朝の内乱が終わらないのは朝廷と幕府の身分の違いが根底にあるので、義満はまずこれを解消しようとします。

まず最初に北朝の名実ともに長になり、北朝の代表者として南朝と交渉すると形式上も実質上も講和を妨げるものはなくなるのです。

義満の作戦、将軍を家臣とみている南朝は義満と交渉する気はありません。そこで義満は北朝の内部に入り、支配し、北朝の課題表と言う肩書を手に入れます。

北朝と南朝の交渉という構図

出典:NHK

その上で南朝に交渉を求めれば、南朝と幕府が南朝と北朝の交渉という構図に変わるからなのです。朝廷同士の交渉になるため南朝も義満をむげにはできないだろうということと考えたのです。

拝賀

出典:NHK

しかし、北朝の後円融天皇も将軍よりも自分の方が上という意識が高かったので、義満はこれまで煮ない規模の拝賀で天皇に力を見せつけるように。

身分の高い摂関家などの公家をできるだけ多く行列に加えようとし、自分より家柄のいい人間や同等の地位にいる人間を、力づくで脅して、すかして自分の行列に参加させたのです。

21人の公家を引き連れた拝賀

出典:NHK

1379年9月6日の義満の拝賀には騎馬武者100余騎と21人の公家を含む169人の従者を引き連れていたので、京都全体が大騒ぎになりました。

左大臣になる

出典:NHK

翌年の1380年に祖父足利尊氏と超える従一位の位をもらい、その3年後の1383年には左大臣になり、北朝では義満の許可なく次の天皇を決められないほどになってました。

守護大名の力を削ぐ

南朝と交渉する前に、片づけておかなけばならない問題がありました。北朝と南朝を天秤にかけることで勢力を拡大してきた守護大名の力を削ぐことです。

山名氏の領国は11ヶ国あった

出典:NHK

第一のターゲットは山名氏でした。

山名氏は北朝と南朝を渡り歩くことで、伯耆1国(尊氏の時)から、義満が将軍の時は山陰、中国、紀伊の11国(全国の6分の1)を支配し、幕府を上回ってると言われていたくらいでした。

尊氏が鎌倉幕府倒幕に立ち上がった時は根本被官と言われる直属の家臣が少なく、他の大名の支援がなければ戦に勝てませんでした。

馬廻衆

出典:NHK

そこで、義満は直属の家来を増やそうと、武士たちを積極的に抱え始めます。後に馬廻衆と言われる直轄の軍事組織整備を進める中、大名の力を削ぐ一石二鳥の策を思いつきます。

それは、大名の本家筋から外れた庶子(側室の子)をスカウトするということでした。大名の兄弟は各自競合相手と思っているのだが、兄が当主になっているから仕方なく従ってるという不満を利用することで、大きな勢力を分断していくこともできるからなのです。

1390年、美濃、尾張、伊勢の3ヶ国の守護大名土岐頼康が亡くなったので、義満は頼康の養子康行を美濃、伊勢の2ヶ国の守護大名としましたが、尾張は弟の満佐を守護大名に。

兄弟での領国をめぐる争い

出典:NHK

そうすると、義満の狙い通り、兄弟で領国を巡り争いが始まりました。

土岐康行の乱

出典:NHK

義満は康行の行動を一方的に謀反と断じ、義満は叔父の土岐頼忠に討伐を命じ、康行を鎮圧しました。

弱体化に成功

出典:NHK

義満は、土岐氏から伊勢の国を取り上げることができ、土岐氏の弱体化に成功。

この結果に自信を持った義満は最大のターゲットである山名氏に。

義満が山名氏の内情を探ったところ、山名満幸が当主の山名時煕(ときひろ)に不満を持つということがわかったので、義満は満幸に肩入れし、時煕に戦を仕掛けました。時煕は早々に逃亡したので、山名氏の勢力は維持される結果に。

すると、義満は当主の座を追われた時煕を許し、満幸が取得した領地に難癖をつけました。

義満が山名氏の没落を狙っていることに気付く

出典:NHK

満幸は義満の狙いが”山名氏の没落”ということに気付き、6,000騎の兵で京都に攻めあがってきました。

一方、義満の呼びかけに応じた大内義弘なども含め幕府軍6,100騎が集まりました。が、軍議では義満についた大名が和睦を進言するくらいの戦意の乏しさ。

しかし、今までの足利幕府と違って、馬廻衆が3,000騎になっていたので、義満は断固として決戦を主張しました。

山名氏の領国を3ヶ国に

出典:NHK

1392年1月24日、勝利し、山名氏の領国を3ヶ国に減らすことができました。

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最後に

こうして、最大の守護大名を勢力下に治めた義満に、他の大名たちも次々を従うようになりました。

両統迭立

出典:NHK

南朝に味方する大名がいなくなったので、南朝との交渉を開始し、切り札をなくした南朝は義満が提案した”両統迭立”を承諾し、三種の状況を北朝に渡すことになります。

南北朝時代終息

出典:NHK

こうやって、義満は56年続いた混乱の時代(南北朝時代)を終息させることができたのです。

義満は1408年に亡くなるまでに、ここまでの成功だけでなく、もっと大きなことを実現したのです。

明との貿易ですが、明から日本の国王と認めらないと貿易はできなかったのですが、そこをまたどうにかするのです。

その内容は「先人たちの底力 知恵泉(ちえいず)」の”混乱の時代のリーダーとは? 足利義満~経済・文化編~”で放送してましたので、別記事にてアップします。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK