三島由紀夫、東大駒場の900番教室での集会で本心を。1000人超の全共闘に割腹自殺する覚悟があることを話していた!

三島由紀夫対東大全共闘

2019年10月8日(金)、NHK BS「アナザーストーリーズ 運命の分岐点」は”三島由紀夫 最後の叫び”でした。

1970年11月25日、ノーベル文学賞の候補にもなった作家・三島由紀夫が”楯(たて)の会”のメンバーと東京市ヶ谷自衛隊駐屯地に乱し、自衛隊に決起を呼びかけた末に割腹自殺を遂げましたが、その1年半前に東大で開かれた集会で既に覚悟を決めていたような言葉を発していたのです。

でも、右の人と思われていた三島由紀夫がなぜ逆の東大全共闘に一人で乗り込んで本心で話をしたのかだろうか?

三島由紀夫は本当に右だったのだろうか?

三島由紀夫がなぜ、こういった最期に至らなくてはいけなかったか?

という疑問を紐解くことために、三島由紀夫という人について、この放送で話してくれた方のまとめました。
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三島由紀夫、東大全共闘の集会でなぜ本心を

三島の最後の演説を録音した記者が東大全共闘集会で感じた”三島と言う人”

三木明博

出典:NHK

三島の最後の演説を録音した記者は元文化放送記者三木明博さん。

その時、彼が三島由紀夫に会ったのは2回目で、実は1回目は学生運動真っ只中でした。

その頃はベトナム戦争反対、日米安保反対など、多くの全共闘が中心の運動をおこなっていたのです。彼らは大学当局や機動隊との衝突も辞さないくらい血気盛んでしたが、実は特定の政治信条をもたない学生をも巻き込んで、大きなムーブメントになっていました。

左翼に非ずんば人に非ずのという感じにまでなっており、早稲田大学に通う演劇青年だった三木も政治信条持っていたとは言えない一人だったのです。「当時劇団で活躍している人間はだいたい反体制派みたいな」「半分粋がっていた部分もあった」と。

先輩に誘われて参加した東京大学駒場キャンパスでの東大全共闘の集会、そこに単身乗り込んできたのが右翼系作家とみられていた三島由紀夫でした。

東大900番教室に現れた三島由紀夫

出典:NHK

「単純に右左で言うと”右の人”だと大半の人間は思っていたのだが、突然たった一人で敢然と出てきたので驚いた」と、現在の三木さん。

三島が正反対の思想を持つ全共闘の前に単身現れ、驚くべきことを言い放ったのです。

当時の三島「安田講堂で諸君が立てこもった時に天皇と言う言葉を一言言えば、わたしは喜んで一緒に閉じこもっただろうし…」「これはふざけて言ってるんじゃない、常々言っていることだ」と。

まさかの発言に会場は沸きました。

当時の三島「自分もここに出てくるのは非常に怖い」「怖いけれども、自らを信じる事について諸君と話をするために来たんだ」

現在の三木さん「最初の頃はわれわれも騒然としていたんですけど、そのうち三島の言うことを一応聞くようになって」

「最後の時には学生の代表が出てきて、三島に対して『我々はあなたの主張を認めるわけにはいかない』『しかし、あなたが今日ここにたった一人で敢然と出てきた勇気は認める』と言って、学生代表と三島が壇上で握手するみたいなことがあったので、少なくとも私は心が熱くなるのを感じました」

「文学者は”行動”よりも自分の文章で主張をするので、自らの主張を述べるために出てくるような文学者がいるんだということを非常に驚きましたね」

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討論会を主催した元東大全共闘が集会で感じた”三島と言う人”

木村修さんは「思いのほか、論理的で、しかも気の優しい人だ」「世間は軍国主義者扱いをしているけど、違うなと確信を持ちましたね」

元全共闘東大の木村さん

出典:NHK

「縦の会なんかなぜやるのかなくらいの疑問が僕は出ました」と。

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この集会で後の決起を予感させる言葉

三島はこの集会で後の決起を予感させる言葉を残しています。

「私が行動を起こすときは、結局諸君と同じ非合法でやるしかないのだ」

決起を予感させる言葉1

出典:NHK

「非合法で、決闘の思想において人をやれば、それは殺人犯だから、そうなったら自分もおまわりさんにつかまらないうちに

決起を予感させる言葉2

出典:NHK

自決でもなんでもして死にたいと思うのです」と。

決起を予感させる言葉3

出典:NHK

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三島由紀夫の再来と言われ、独自の三島論を執筆している芥川賞作家平野啓一郎さんが三島の著書で感じる”三島と言う人”

三島由紀夫の再来と言われ、独自の三島論を執筆している芥川賞作家平野啓一郎さんは、三島が肺浸潤と誤診され、徴兵を免れたことで、国家から”国家の役に立たない男子”というレッテルを貼られたことが、小説家としての三島の生き方を決定づけたと指摘を。

三島の自伝的小説「假面の告白」では自らの葛藤を主人公に託しており「なんだって私はあのようにむきになって軍医に嘘をついたのか」「微熱がここ半年続いていると言ったり、血痰が出ると言ったり」「私は自分を”死”に見捨てられた人間だと感じられることのほうを好んだ」と箇所あり、正直に検査を受けた同世代の人たちは多く死に、正直じゃなかった自分が生き残ったことが傷に。

芥川賞作家平野啓一郎さんの独自の三島論

出典:NHK

その生を自分は与えられているのに無為に過ごすのは許せない。戦後も充実した人生を生きなければいけないというふうな、切迫感みたいなものをずっと抱えていた。
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最後に

三島由紀夫は「英霊の聲」で敗戦後に人間宣言をした(昭和)天皇を批判をしていることもあるが、全共闘の方がおっしゃるように右の人ではなかったのではないかと思いました。と言うよりわかったような気がします。

さらに、三木さんがおっしゃてたことでもっとわかりました。

「日本にずっと続いてきた歴史・文化・思想に対して大事にしていくべきではないか、そのための象徴として天皇、天皇制ということを言っており、別に軍国主義、愛国主義、天応崇拝者ということでない」

「そういう点で行くと(当時の)若者たちもですね基本的には自分を、愛する人を、家族を守るために、何か今立ち上がらなければこの国は変えられない」

「若者特有の高揚感と使命感で、あういう全共闘運動が各大学に広まった」

三島由紀夫と全共闘は根は同じ

出典:NHK

「根っこのところは非常ににていると思う」と。

三島由紀夫は全共闘学生と根は同じ。

しかし、同じぐらいの歳の後悔を取り戻すことが三島の充実した人生であり、それを実現しようと、考えに考え行動を起こしたが受け入れられなかったということだったのではないだろうか。

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CY

1970年長崎県五島生まれ 現在、家族は妻、息子の2人 品川区在住、品川区勤務 好きな作家:池井戸潤、伊坂幸太郎、真山仁 好きなドラマ:救命病棟24時、医龍 好きな映画:グローリー 好きな女優:石田ゆり子、イングリッド・バーグマン 好きなスニーカーメーカー:PATRICK